2012年10月13日

石川郡鞍月村(現金沢市南新保町) 道路元標

Filed under: 石川,神社仏閣,遺跡・史跡,金沢 — Hideshirou @ 3:00 PM

石川郡鞍月村(現金沢市南新保町) 道路元標
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南新保 八幡神社 左脇にあります。

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2012年10月8日

石川郡金石町(現金沢市金石町) 道路元標

Filed under: 石川,遺跡・史跡,金沢,金石・大野方面 — Hideshirou @ 12:13 PM

石川郡金石町(現金沢市) 道路元標
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2012年10月7日

石川郡大野町(現金沢市大野町) 道路元標

Filed under: 石川,遺跡・史跡,金沢,金石・大野方面 — Hideshirou @ 12:00 PM

大野町 道路元標
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大野町消防分団脇

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2011年10月2日

末森城跡(宝達志水町)

Filed under: 城・城址,石川 — Hideshirou @ 11:00 AM


押水バイパス(羽咋方向より)


押水バイパス (金沢方向より)


駐車場から登城案内


案内板


駐車場案内 『ここにもクマ注意!』


押水バイパス陸橋前にも駐車場があります。


末森山古戦場の碑

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【末森城跡】 (羽咋郡宝達志水町)
宝達方向から159号線押水バイパスを走ると大きな看板が見えてきます。
駐車場から車で上がる場合は道が狭いので対向車には注意が必要です。

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【案内板の内容】
末森城攻防のようす

押水の地は、能登の中でも最大の荘園でした。
この「大泉庄」は、宝達山系と海岸線か最もせばまつた地形にあり、
古くから加賀・能登・越中へ通じる交通の要となつていました。
天正12年(1584)、そのころ越中の富山城にいた佐々成政は、加
賀と能登を分断し、前田氏の戦力を弱めるのに最も適した未森城を手
にしようとしたのです。
成政は、同年9月8日の夜、1万5千の大軍を率いて越中の木舟城
を出発し、砺波の宮島から沢川(そうごう)を経て、今の津疇地内の
牛首に入りました。
9月9日には、先陣が吾妻野(東間)の天神山に達し、午後2時時に
本隊が未森城まであと4.5kmの坪井山に本陣をかまえました。
翌10日の朝、佐々軍は戦いを開始。この情報をいちはやく金沢城
に連絡したのが午後2時頃でした。
この報せを知った利家が、金沢城を出発したのが午後4時、そして
当日の午後9時には津幡城へ入り、後に続く利長を待って、津幡城を
午後11時に出先し、11日午前4時に未森城から1.5km西方の鯨骨
山に到着しました。そして数時間にわたる戦いの後、利家軍は未森城
のからめ手(城の裏門)より本丸へ攻め人りました。
形成不利とみた佐々軍は、隊を整えて退却しました。 しかし、前田
軍の援軍といっても数千人、城内にいた兵もわずか5百人たらずでし
た。一方の佐々軍の兵は1万5千の大軍でしたが、奥村永福田武勇と
前田軍の奇襲lこよって、佐々軍は乱れてしまいました。
数のうえでは優位であった佐々軍の後退は、遠く離れた敵地での補
給や、退却する道の確保が困難との判断から、余裕のあるうちに後退
したのでしょう。
佐々軍は、河北郡の横山を通り、津幡町の吉倉山から島越城を経て
倶利伽羅城へと弓lき上げました。
前田利家の戦勝によって、織田信雄(信長の二男で、秀吉の怒りに
ふれて追放)や徳川家康に対抗していた豊臣秀吉にとっては有利なも
のとなりました。
この戦い以降、前田利家は勢力を越中にまでのばしますが、未森合
戦こそ前田方が加賀・能童・越中の三国を支配するきっかけとなった
のです。

※裏面に点字と音声による案内板があります。
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Yahoo Map 『末森城駐車場』 『碑の場所

2011年9月25日

鳥越城と一向一揆の里

Filed under: 城・城址,石川 — Hideshirou @ 11:30 AM


道の駅 一向一揆の里


一向一揆歴史館


農村文化伝承館

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登城口


加賀一向一揆 鳥越城址碑


鳥越城址 案内板


あやめが池


案内板


「一揆やぶれて山河あり」碑と後三の丸
駐車場から、すぐに見えます。
後二の丸、後三の丸からの攻撃。
後三の丸を落とせば攻めやすくなりますが、
実際は、馬場、三の丸から攻めたのでしょう。


後三の丸


後三の丸の案内板


本丸西側


本丸西側の案内板


枡形門と本丸櫓門


枡形門と本丸櫓門


ここで集中攻撃をうける


狙い撃ちし易いのである


本丸跡


本丸櫓門を見る


後二の丸と金沢方面を見る


中の丸と中の丸門


中の丸、前二の丸、前三の丸へ


中の丸門


外側から攻めてみる


前二の丸


前二の丸の案内板

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コオロギ(蟋蟀)


赤とんぼ

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【道の駅 一向一揆の里】
食彩館”せせらぎ”
■ 営業時間
直売所 AM 9:00~PM4:00
そば処 AM11:00~PM4:00
※冬季営業時間(12月~4月まで)
直売所 AM 9:00~PM3:00
そば処 AM11:00~PM3:00

※12月~4月まで月曜休み
■ 石川県白山市出合町甲36番地
■ TEL 076-254-2888

【鳥越城】
城主:山内惣庄の旗本鈴木出羽守。
織田信長による加賀一向一揆討滅へ。
天正8年(1580年)柴田勝家軍によって落城。
その後も白山麓門徒は抵抗し攻防戦が続く。
天正10年(1582年)佐久間盛政によって鎮圧さる。
三百余人が磔に処せられる。

平成13年に整備復元された。

織田軍、柴田勝家、佐久間盛政の戦慣れした武将には 取るに足らない砦(城)であろうが、 近年まで金沢を尾山(尾山御坊)とよんでいたのをみると、心までは攻め落とせなかったのであろう。

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白山市農村文化伝承館  ▼鳥越一向一揆歴史館  ▼道の駅 一向一揆の里
●Yahoo Map 『鳥越城址登り口 / 駐車場

2010年11月20日

那谷寺と奥の細道

Filed under: 石川,神社仏閣,観光・旅行 — Hideshirou @ 3:00 PM

那谷寺本殿

楓月橋からの三重塔

あそこへ行って見ることにしました。

真っ直ぐ行くと本殿へ、左脇から奇岩遊仙境へ

奇岩遊仙境

 

芭蕉の句碑
「石山の石より白し秋の風」
元禄二年八月五日
当時は松の名勝地だったそうです。

鐘楼(国指定重要文化財)

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秋の那谷寺(金堂と琉美園)

Filed under: 石川,神社仏閣,観光・旅行 — Hideshirou @ 2:00 PM

駐車場から入口へ

拝観料:600円 + 庭園入園料:200円

案内板

金堂華王殿


庭園

琉美園

ここを抜けると ↓ へ出ました。

金堂 十一面観音立像

高野山真言宗別格本山 那谷寺
〒923-0336
石川県小松市那谷町ユ122
TEL 0761-65-2111(代表)

那谷寺』    Yahoo Maps(駐車場)

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小松・生雲(那谷寺)

Filed under: 石川,観光・旅行 — Hideshirou @ 1:06 PM

生雲

ここから白山が見えます。

白山

円行山(標高470メートル)山頂の宿泊施設。
昼食に精進料理が食べたかったのですが要予約でした。
宿泊もできるそうです。
白山自然の里 生雲』    Yahoo Maps

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小松 赤瀬ダムと那殿観音

Filed under: 石川,神社仏閣 — Hideshirou @ 10:00 AM

赤瀬

赤瀬ダム (Yahoo Map

赤瀬那殿 観世音菩薩

この先に那谷寺の奥の院
那殿観世音菩薩があるらしいのだが…。
今回は、生雲に行くのに通っただけです。
日を改めて行ってみます。

泰澄大師像 (Yahoo Maps

名水:観音水 0.1km
『生雲』この先1.8km ”営業中”


観音水 (Yahoo Maps

2010年10月17日

秋の医王山

Filed under: 石川 — Hideshirou @ 11:00 AM

金沢方面

医王山

医王山展望台から福光イオックスアローザと砺波平野

金沢平野方面