木曳川(金石~金沢)2
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戸板小学校裏(二口町) 西手橋から ここにもカルガモ一家がいます。
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二口町 ふなはし 左は枝垂桜、右は染井吉野の木です。
(左:二口八幡神社)
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一般的には木揚場までを木曳川と言っていますが、正式にはどこ
までを木曳川と言うのでしょうか?
木曳川は金石からの荷を運んでくるのでここが終着点?
鞍月も大野庄用水もここで合流するから終着点?
正式には大野庄用水もどこまで言うのでしょうか?バイパス近くまででしょうか?
たしか、まめだ大通りができるまで中橋の火の見櫓近くには材木屋が何件もあったような…。
これより下流の犀川では氾濫が激しく本流がどこなのか、氾濫ごとに本流が変わっていたのではと思われます。また、小さいときに聞いた話では何かにつけて水浸しになり人が住む場所ではないと聞いたことがあります。(中橋、二口より下流)
それと、子供の頃に犀川河口から櫓こぎで金沢を目指そうとしたことがありますが。
普正寺橋を渡ってしばらく行ったあたりから急に流れが早くなり子供の力(大人でも?)ではかなり辛いものがあった記憶があります。(川の流れが強くなる手前あたりではよく渦を巻くことがありました。)
故に、犀川の支流として木を曳く川として、なだらかな場所選んで造ったのではないかと推測できます。
続きは、鞍月用水、大野庄用水・・・です。
機会があれば、歴史的政治的なものを調べるのも面白いかもしれません。
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