長谷川等伯展
上野公園 東京国立博物館 平成館
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3月20日(土)
没後400年 特別展 『長谷川等伯』
東京国立博物館 平成館 (上野)
日曜美術館、美の巨人たち等で放映されて以来かなりの混みようと聞いていました。
東京国立博物館前の係員の手持ちの看板では40分待ちと書かれていました。
普通ならこの40分が「えっ、40分も」と言いたくなるのだが
2時間3時間は待たされるのを覚悟で来ていたので「おおっ、ラッキー」と小声をもらしてしまった。
不思議なもです。
この時間という概念は気の持ち方でこんなにも変わるのかと・・・
係員が顔見知りの人らしい中年の人と立ち話をしている。
「ははは・・・この40分はかなりサバをよんであるのでもっと早いよ・・・」と聞こえてきた。
平成館前では30分と書かれていた。
並んでみると列はスムーズに動き15分ぐらいで入館できた。
第一展示場では、頭越しに見入ることになる。
説明パネルにも群がっている。生い立ちや説明は七尾美術館や本で何度も見ているので、
作風の変化、流れを重点的に見ることにした。
仏画関係では七美でもよく見かけるもの多かったように思われる。
ここで、改まって気になったのは日蓮関連が目立つたことである。
関東の人たちには違和感はないのかもしれないが、北陸加賀藩は一向一揆浄土宗の国、当然七尾を含め
真宗王国だと思っていましたが・・・ううん、なぜなのだろうか???
秀吉の石山本願寺、一向一揆の弾圧等が厳しく、この辺は触れないようにしたのであろうか
仏画は生活のためで単に依頼主に応じて描いていたのであろうか???
・・・アーティストとしてあくまで絵画として捉えていたのか、宗教的にはあまり意味を待たなかったのであろうか。
涅槃図にしても釈尊の立像をそのまま横に寝かせたような描き方、特に心臓を上にして寝た姿勢と手足の不自然さ、
緑の木々と色付いた枯れた葉の木々、単に針葉樹と広葉樹だからではなく、これもただただ不自然に思えた・・・その意図は???
現に後半では線香臭さは消えて、・・・動物一匹一匹、花の一輪一輪、木の一本一本が人にたとえられているように見えてきた。
自然とは、生き物とは、人とは・・・
人が多すぎるのと、まだまだ未熟なせいでその先は感じ取れなかった。
中ほどからはパネルを一生懸命読んでいた人もまばらになり、絵も頭越しで見ることはなくなってきた。
最後は『松林図屏風』
これは、少し掻き分けてでも最前列で見なければと
小声で「すみません、すみません・・・」と連発しながら前へ
やはり平面で見るのとは大違い。
屏風は折り立まげてなんぼのもの
予想以上に立体的でした。
今年流行の3D画面。
手前の松は一際手前に、奥の松は遥か遠くに・・・
あlれっ、奥の方の松が宙に浮いている・・・瞬きを繰り返してみる。
じっと見れば見るほど、う~ん、やはり、松が宙に浮いて見える・・・
悪い目が変な現象を起こしている。
………屏風/\/\/\面の左目で右の面を、右目で左の面を見ているのか…
こんな見え方するのは自分だけでしょうか???
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これ、能登の松林かと思ったら違うかもしれない。
あの山が白山をイメージしたのならメジャーリーグの松井出身で根上の松で有名な
根上町から大聖寺あたり加賀の国境の松かも???(出身はこの時代能登の国ですが)
もしそうなら、加賀の国を越える時の決心、夢や一念の想いを描いたのかも・・・・
「ああ、ここを越えればもう戻ることのない国」
ふと、潮風で霞む松林の切れ間から山手を見る。
そこには、うっすらと白く輝く白い山
白い山を見上げる?!等伯 (七尾駅前)
と、またもや、勝手に想像するのであった。
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長々ととりとめもないことを書いてしまった。
※過去の等伯の記事
長谷川等伯と久蔵 (七尾美術館)
イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
松林図と最後の晩餐?