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英四郎 (Hide46) » ■美術・博物館等

英四郎 (Hide46)

英四郎 の金沢 (Hide46 of Kanazawa!)

Archive for the '■美術・博物館等' Category

「安宅英一の眼」

 
 
   
21世紀美術館
 
 
 
      
 

 

国宝 飛青磁 花生
(13~14世紀 中国元時代)
 

国宝 油滴天目 茶碗
(12~13世紀 中国南宋時代)
 

 
  
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「美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション」
2008-02月29日~3月20日
21世紀美術館 開館3周年記念として
国宝2点、重要文化財11点
中国・韓国陶磁器の金沢里帰り展
安宅コレクションは、大阪市立東洋陶磁美術館の中核をなす韓国・
中国陶磁のコレクションであり、東洋陶磁のコレクションとして
世界第一級の質と量を誇っているといわれています。
 
 
●国宝 飛青磁 花生
(13~14世紀 中国元時代)
龍泉窯で飛青磁の代表作で、
大阪の鴻池家に伝わったものです。
高さ26.9cm
砧青磁よりも緑がかっていて天竜青磁ほど黄色身がない。
赤褐色の鉄斑の模様も配置も無造作のようで、よく見ると整然と配置されている。
これだけ見ているとさほどに感じないが、いくつかの飛青磁を見比べるとこのくびれや斑のできが凄くよく感じる。
 
 
 
 ●国宝 油滴天目 茶碗
(12~13世紀 中国南宋時代)
高さ7.5cm 口径12.2cm
関白秀次が所持していたもので、西本願寺から三井家、若狭藩主酒井家に伝わったものです。
後、安宅産業株式会社に
『君台観左右帳記』 曜変に次ぐもの
油滴は中国では滴珠ともよばれ鎌倉、室町あたりに日本に伝わる。
これもこれだけを見ていればそんなものかと思う。
これも、いろいろ見比べると表は銀色、中は青みを帯びた輝きで油滴は虹のような色彩を感じる。
 
 
 
※『君台観左右帳記』
室町時代に成立した茶の湯の故実書、唐物鑑定の同朋衆。
能阿弥(1397-1471)、相阿弥(-1525)の撰した鑑定と座敷飾の書。
一巻は六朝~元の中国画人の評価。
二巻は掛幅の室内飾。
三巻は陶磁器、文房具の鑑識、配置。
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金沢 安江金箔工芸館

2008年2月23日 安江金箔工芸館
 
 

 
 

 

 
 
 
   
 
 
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金沢湯涌 茅葺き農家群(旧江戸村施設)

  
 

 
 
 

 
 
 
 
旧平家(能登 柳田村)
 
   
 旧高田家住宅     旧野本家(能登 柳田村)

   
玄関 土間から      藁で作ったカニと鯛
 
   
 
   
蓑・橇(かんじき)    草鞋・薦(こも)ゴザ

 流し(台所)
 
  

囲炉裏と自在鉤(平家) 
 
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旧江戸村内の施設を順次新規移転地へ移築し、
新たな施設として整備しています。
 
御前9時~午後5時(入園無料)
毎週火曜日が休園
湯涌温泉バス停から歩いて15分、車で2~3分です。
 
 
1960年代ぐらいには、いたるところで見ることができた茅葺き農家。
 
湯涌温泉の白雲楼ホテルのオーナーが昭和四十年頃、趣味で集めた
建造物です。これらを金沢市が買い取り、文化庁との協力で施設を
順次移築。
 
 
こういう時代になった今、
この道楽に賞賛を贈りたいものです。
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ブログ内リンク
【金沢湯涌江戸村】2010年9月25日オープン
 
 

冬の徳田秋声記念館

 
 

 
 
 

 
 

 
 
   
 
 

 
 
     
  秋声の本(明治篇)    秋声の描いた五人の女性

 
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「秋聲の本 明治篇―木版口絵と装丁の美―」
前期:平成19年12月 9日(日)~平成20年 2月17日(日)
後期:平成20年 2月23日(土)~平成20年 5月 5日(月)
 
金沢の三文豪のひとり、徳田秋聲(1871~1943)は、尾崎紅葉の
門下を経て、田山花袋、島崎藤村らとともに明治期の自然主義文
学運動の中心的存在として活動し、昭和18年に没するまで、明治
・大正・昭和と三代にわたり常に文壇の第一線で活躍した、文字通
り「大家」の名にふさわしい作家です。川端康成をして「小説の名人
」と言わしめた技巧の高さとともに、つねに弱者への視点を忘れぬ、
庶民の生活に密着した作風を特徴とします。
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金沢湯涌 竹久夢二館

 
 

金沢湯涌 夢二館
 
 

 
 
   
 
 
   
 
 

 
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笠井彦乃「御殿女中」      初春(港屋)・・・・・

お葉をモデルにした「黒船屋」 
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金沢湯涌夢二館 「描かれた恋」
「夢二の描いた悲しみ」 (1月24日~4月13日)
 
 
・明治17年9月16日、岡山県邑久郡本庄村の酒屋に生まれました。
 本名、茂次郎
・19歳に早稲田実業学校へ
・『中学世界』に応募したコマ絵「筒井筒」が第一賞入選。
 初めて夢二の筆名を用いる。
・24歳で金沢生まれの岸たまきと結婚。
 たまきをモデルに「夢二式美人」が生まれる。
・『少女』誌上にさみせんぐさの筆名で「宵待草」の原詩が発表される。
・34歳で金沢市で「夢二抒情小品展覧会」を開催。
 
何度か金沢を訪れる。 
 
 
「宵待草」 
待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな
正式には待宵草(マツヨイグサ)」と言う。月見草と同種の花です。
夜に開花して朝には萎んでしまう。
寄りを戻した岸たまきと2歳の息子虹之助を伴い、房総方面に避暑旅行する。
犬吠崎、海鹿島の宮下旅館というところに滞在する。
そのときに、夏休みに秋田から宮下旅館の隣家に転居していた家族を訪れていた長谷川カタに出会う。
翌年、再びこの地を訪れた夢二は彼女が嫁いだことを知り、自らの失恋を悟ってできた詩だという。
 
それで、時雨亭での篠笛演奏で「宵待草」が演奏されたのがうなずける。
 
・岸 たまき
 (1882年7月28日 - 1945年7月9日、石川県金沢市出身、本名は他万喜)
 自立の為に早稲田鶴巻町に開店した絵葉書店「つるや」に、
 夢二が客として毎日店に通いつめた挙句、2ヵ月後には結婚
 にいたった。( 戸籍上唯一妻となった女性)
 夢二が彦乃を知った後のたまきと画学生東郷鉄春(青児)と
 の仲を疑い、富山県の海岸で夢二がたまきの腕を刺すこと
 によって破局を迎える。
 
・笠井 彦乃と湯涌温泉に滞在。
 
・お葉 「黒船屋」
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辻口博啓美術館

辻口博啓美術館(ル ミュゼ ドゥ アッシュ)
 
   
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角偉三郎 美術館
 
    
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・辻口博啓
石川県七尾市の出身。
長谷川等伯に刺激を受ける。
パティシエの辻口博啓さんは、フランスの「クープ・ド・モンド」を
はじめ、洋菓子の世界大会で4度優勝。
東京・自由が丘のパティスリー「モンサンクレール」
 
・角偉三郎 
石川県輪島市生まれ。漆とは、木とは何かを問い追求し続け、
その作品は国内外で高い評価を得ている。
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・辻口博啓美術館(ル ミュゼ ドゥ アッシュ)
http://www.kagaya.co.jp/le_musee_de_h/ 
・角偉三郎 美術館
http://www.kagaya.co.jp/le_musee_de_h/kado/
 
 
 

金沢蓄音器館

 
 

金沢蓄音器館
 
 
 

自動再演ピアノ
ハムリン&メイソン・アンピコ
 
   
エジソン スタンダードB型・ビクター木製ラッパ卓上蓄音器
 
 
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自動再演ピアノ、ハムリン&メイソン・アンピコ
演奏者の指のタッチを紙ロールの穿孔に記憶させ、
空気の吸引力を利用してピアノを再演奏する。
ラフマニノフの演奏によって空けられた紙ロールもあるとのことです。
「のだめカンタービレ」の千秋真一指揮R☆Sオーケストラ演奏
「ブラームス交響曲第1番ハ短調」のレコーディングの裏話を聞
く会も開かれたとのことです。
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金沢蓄音器館
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/chikuonki/index.htm 
 
  
 
 

泉鏡花記念館

 
 

泉鏡花記念館入口 
 
 
   
 泉鏡花記念館
 
   
 
 

展示内容の一部
 
 

「化鳥」(けちょう)
「吹込みますから、お前も此方(こっち)へおいで、
そんなにして居ると衣服(きもの)が濡れますよ。」
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淺野川、中の橋近く川沿いにある小公園
 
 
 
   
滝の白糸碑
淺野川沿い鏡花の道、梅ノ橋近く
 
右脇の白いボックスの釦を押すと
扇子から水が出てきます。
 
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泉鏡花
尾崎紅葉の『色懺悔』を読んで大いに衝撃を受け上京。
紅葉の門下に
1893年(明治26年)
『冠弥左衛門』を連載、『活人形』(探偵文庫)、『金時計』(少年文学)
1894年(明治27年)
『予備兵』
『義血侠血』、『夜行巡査』(文芸倶楽部)、『外科室』(文芸倶楽部)
1896年(明治29年)
『海城発電』(太陽)、『琵琶伝』(国民の友)、『化銀杏』(青年小説)、『照葉狂言』(読売新聞連載)
1897年(明治30年)
『化鳥』、『笈ずる草紙』
1898年(明治31年)
『辰巳巷談』
1899年(明治32年)
『湯島詣』(春陽堂)
1900年(明治33年)
『高野聖』(新小説)
1901年(明治34年)
『袖屏風』(新小説)
1902年(明治35年)
『起誓文』(新小説)
1903年(明治36年)
10月30日 尾崎紅葉が急逝
『風流線』(国民新聞連載)
1904年(明治37年)
『紅雪録』正続
1905年(明治38年)
『銀短冊』(文芸倶楽部)、『瓔珞品』(新小説)
1906年(明治39年)
『春昼』(新小説)
1907年(明治40年)
『婦系図』(やまと新聞連載開始)
1908年(明治41年)
『草迷宮』(春陽堂)
1909年(明治42年)
『白鷺』(東京朝日新聞)
1910年(明治43年)
『歌行燈』(新小説)、『三味線堀』(三田文学)、『袖珍本鏡花集』(五巻)の発行
1911年(明治44年)
『銀鈴集』(隆文館)
1912年([大正]元年)
『三人の盲の話』(中央公論)
1913年(大正2年)
『印度更紗』(中央公論)、『夜叉ヶ池』(演芸倶楽部)、『海神別荘』(中央公論)
1914年(大正3年)
『日本橋』(千章館)小村雪岱とのコンビを組む。
1915年(大正4年)
『夕顔』(三田文学)、『鏡花選集』(春陽堂)、遊里集』(春陽堂)
1916年(大正5年)
『萩薄内証話』
1917年(大正6年)
『天守物語』(新小説)
1919年(大正8年)
『由縁の女』、『婦人画報』
1920年(大正9年)
『伯爵の釵』(婦女界)
このころ映画に興味を持ち、谷崎潤一郎や芥川龍之介と相知る。
1922年(大正11年)
『身延の鶯』(東京日日新聞に連載)、『露宿』、『十六夜』
1924年(大正13年)
『眉かくしの霊』(苦楽)
1925年(大正14年)
『番町夜講』(改造社)、『鏡花全集』(春陽堂)
1927年(昭和2年)
『多神教』(文藝春秋)
1939年
『縷紅新草』(中央公論)に発表するも
9月7日午前2時45分、癌性肺腫瘍のため逝去
と書き連ねても凄いタイトル数…
参考にでもしてください。
川端康成、三島由紀夫などに深く影響を与えたという。
いずれ機会があれば詳しく掲載したいと思います。
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泉鏡花記念館 オフィシャルサイト
泉鏡花 (ウィキペディア)
 
 
 
 

イタリア・ボローニャ国際絵本原画展

(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。) 
 
 
 

イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
  
   
石川県七尾美術館
 
 
 

 
   
 
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イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
石川県七尾美術館
2007年11月9日(金)~12月9日(日)
イタリア北部の古都ボローニャで毎年開催される、
世界で唯一の児童図書専門見本市「ボローニャ児童図書展」
で行われる絵本原画コンクールの入選作品を紹介したものです。
この美術館で紹介するのは10回目だそうです。
本のために描かれた5枚1組の作品であれば、
16歳以上の誰でも応募できるそうです。
今年は世界58カ国2653組の応募作品から、
85組の入選作品のなかで日本人作家17人が入選したみたいです。
 
 
いつも思うのですが、あの「ビーナス誕生」「最後の晩餐」でさえ撮影自由なのに
日本はどこへ行っても、馬鹿の一つ覚えみたいに「撮影禁止」…??
あたりまえですがフラッシュ・ストロボは禁止
(日本人はこれを守らない人が多いからなのか…)
 
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「松林図屏風」
 

七尾海岸沿いの松林
 
 
七尾は長谷川等伯の生誕のとして有名です。
1539年(天文8年)、能登国の戦国大名・畠山氏の家臣である
奥村文之丞宗道の子として七尾に生まれる。
30歳を過ぎて京都へ
狩野派と対抗し自ら「雪舟五代」を名乗り長谷川派の長として活躍。
ハイビジョンコーナーでは長谷川等伯の生い立ちや作品が紹介されています。(無料)
すごい自信とパワーの持ち主…
気持ちだけでも見習いたいと思います。
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石川県七尾美術館
http://www.city.nanao.ishikawa.jp/nanabi/
 
 

銀河の里 キゴ山天体観察センター ふたたび!

 
 

プラネタリウム 
 
  
 天体観察センター
 

天体観察センター屋上から
 
 
 
  
駐車場からの金沢市街
この夜空の雲…星が見える筈がない!
 
 
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キゴ山天体観察センターでは、
毎週「金曜日は星見の日」として11月まで、行われています。
晴れた日は、美しい星空を楽しみましょう!
と言うことで
昼から天気も良く、7時が待ち遠しい…。
でも、夕方から雲が多くなってきた。 心配だぁ。
案の定、雲が多く星が見えないと言うことで
天体観察は中止になったのである。
その代り、プラネタリウムによる秋の天体観察。
ほとんど満席なのである。
空いている席を探し、とりあえず座る。
椅子に座り、背もたれを倒す。そして、暗くなっていく。
学生時代以来のプラネタリウム…何か、どきどきする!
23日の秋分の日からは、本格的な秋の夜長。
何して、過ごそう…!
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