大野こまちなみフェスタ 2009(金沢)
(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。)
![]()
粟森家の展示品 弁吉愛用の品々(根付・絡繰・人形・象牙彫刻等)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『大野こまちなみフェスタ』
2009年10月11日(日)
金沢市大野町
大野こまちなみフェスタに来たのは、これで2度目になる。
今回は、大野弁吉を中心に巡ってみました。
こまちなみ公園などにていろいろなイベントも開催されていました。
個人的には粟森家の大野弁吉の資料展(無料)が興味深かった。
『金石大野やすらぎの林』
小学生の時に林の中を何度か散策したことがあります。
そのときはまだこの遊歩道はありませんでした。
日吉神社の裏辺りは少し気味が悪く、とても一人では歩く気がしなかったことを思い出しました。
林の中から「日吉神社の裏を通り神社に入ると罰が当たる」とも言われたことがあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【前回の大野こまちなみ】
【からくり記念館】大野弁吉
【からくり記念館】YahooMap 【粟森家】YahooMap 【大野弁吉屋敷跡】YahooMap
越前大野城と勝山城博物館
(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。)
越前(福井)大野市
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勝山市
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あそこに見える城へどうしたら行けるのかわからない。
とりあえず、大野商工会議所脇の駐車場に停めて建物に入る。
女子事務員らしき人が一生懸命なにかコンピュータを触っている。
「あの~っ」
女子職員「あっ、びっくりした…っ」と言いながら
どうしましたかという風な顔でこちらを見る。
「驚かしてすみません。あ、あの、城へはどうしたら行けるのですか・・・」と訊ねる。
実は、自分の方が驚いたのでしたが・・・
言われたとおりに、
工事中の道路を通り、裁判所横から
柳廼社の鳥居をくぐり、民族資料館を横目で見ながら柳廼社脇の
登り口から城に上りました。
帰りに、先ほどの事務員さんが駐車場を掃除していた。
また、驚かさないように少し大きめの足音をたてて歩いた。
気がついたのか、こちらを見て「ありがとうございました」と声をかけてくれた。
こういう盆地にある小さな街…いいですねぇ!
越前永平寺を目指してきたのですが思った以上に観光気分が味わえました。
『一乗谷』『朝倉氏遺跡』→『永平寺』→『越前大野市・大野城』→『勝山市』から
157号線で『白峰(白山市)』を通って帰りました。
なにか、面白いもの、真新しいものをみつけたら、もう一度来ようと思います。
【越前大野城】
織田信長の武将金森永近により築城。
城主は度々交代する。廃藩になるまでは土井氏の居城となる。
1968年(昭和43年)に萩原氏の寄付により天守閣と天狗櫓が再建。
遊歩道は20分ほどかかると書いてありましたが、
ゆっくりと歩いても15分ぐらいで着きます。
【大野市民俗資料館】
1889年(明治22年)大野治安裁判所として建築。
1889年(昭和43年)現在の地に移築し資料館とする。
【越前勝山城】
本当の勝山城は市役所横に城跡の碑が残っているだけみたいです。
「勝山城博物館」は姫路城や名古屋城を模した近代的な建築方法で
歴史上の城ではありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
永平寺・道元禅師(福井)
(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なにげに観たDVD。
『禅 ZEN』 (中村勘太郎主演)
「春は花。夏ほととぎす。秋は月…」
「あるがまま…」
何年ぶりだろうか…何十年ぶりか?
ふと、永平寺に行ってみたくなった。
北陸の秋の朝。
雲一つ無い(少しあるか)ドライブ日和。
もう、じっとしていられない。
…ここらで禅のひとつも組んで、自分を見つめてみたいものである。
永平寺と言えば『永平寺そば』と『ごまどうふ』。
来たからには食べなくってワ。
う~ん、いーいー。
歯ごたえがあって
「スルッ」
喉ごしもいいなぁ。
大根おろしとそばを掻き混ぜて…ぐるぐるっと。
「うまいっ!」
最近、こういうところへ来て食べると一際旨く感じる。
ふむ、それとも例の薬の後味の悪さのせいなのか?
※僧侶は修行の身ですから撮影しないで下さい。
それ以外は撮影は自由でした。
ただし書画絵画類はフラッシュによる撮影は禁止です。
(これは、世界中厳禁です。美術品を強い光による劣化から守りましょう)
何でもかんでも撮影禁止にしている、どこぞの美術館や展示館も見習って欲しいものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【永平寺】
1244年(寛元二年)道元禅師によって開かれる。
曹洞宗の大本山。
正門→参道→通用門→吉祥閣→傘松閣→僧堂→承陽殿
法堂→仏殿→庫院→山門→東司→祠堂殿→売店→通用門
(※写真と名称が一致しないものもあるかも知れません)
【道元禅師】
1200年京都に生まれ14歳で比叡山に出家。
24歳で中国の天童山にて修行し座禅を教わり帰国。
波多野義重公の支援により越前に永平寺を開く。
『映画 禅 ZEN』 『Amazon道元禅師関連書籍』
『道元禅師物語』
『大乗寺(金沢)ウィキペディア』
『大乘寺「漫画で読める徹通義介禅師の生涯」』
『総持寺 (輪島市) ウィキペディア』
『曹洞宗大本山總持寺(神奈川)』
『永平寺地図(Yahoo)』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一乗谷・朝倉氏遺跡(福井)
(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【一乗谷朝倉氏遺跡】
復元された家の中にはいろいろな展示物もありました。
あっ、『富田勢源道場跡』と佐々木小次郎が燕返しをあみだしたと言われている『一条滝』に行くのを忘れていた・・・・
今回は永平寺に行くのが目的だから…
「まぁっ、いいかぁ。」
いつか、また来る日もあるだろう。
※興味のある方は下記へアクセスしてみて下さい。
『ウィキペディア』
『福井市 特別史跡 一乗谷朝倉氏遺跡』
『一乗谷城の戦い』
『朝倉義景』
『一乗谷ライブカメラ』 『一乗谷地図(Yahoo)』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大腸ガ~ン!?
会社の健康診断で血便があるので大腸癌の検査をするようにと言われる。
そんなはずはない(誰しもが思うように自分だけは…と)
当日8時00分、県立の某病院へ行く。
少し早かったらしく受付には誰もいなかった。
カウンターには受付順を記載する用紙が置いてあったので
名前を記入して、ソファで待つことにした。
うとうととしてきた頃に受付が始まった。
順番は20番目ほどだったと思う。
名前が呼ばれたので受付に行く。
受付では書類をクリアファイルに挟んで渡してくれる。
それを消化器内科の窓口にだすと
「内視鏡室へ行って下さい。
場所はそこを真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がった所にあります。」
やや足早で、言われたとおりに行く。
そこには、すでに4,5人がイスに座って待っていた。
私も同じように椅子に座って待つことにした。
しばらくすると、看護婦さんが来て内視鏡で検査するまでの説明を始めた。
「まず、2リットルの下剤を飲んで下さい。」と、えっ、2リットルも…。
他の人の顔を見渡すと同じような「えっ」という表情をしていた。
それをみると流石に声に出して「えっ」とは言えなかった。
2リットルの容器から紙コップに注いで2杯を10分おきに飲むのです。
その10分の間はなるべく散歩なりして歩き回って下さい。
そうすることで胃腸の働きがよくなり便も出やすくなりますのでとのことでした。
この下剤の味といったら、何とも言い難い気持ちの悪い味、今にも吐き出しそうな不気味な味。
そんなことも言っていられないのでひたすら飲み干す。
飲んだ後は、ひたすらうがいをし、言われたとおりにその辺りをうろうろと歩き回る。
3回目(6杯)辺りから散歩どころではない・・・トイレの前から離れられなくなる。
他の人はまだ平気らしく、あっちこっちへと散歩に行っている。
私の場合は4回目(8杯)で内視鏡の検査を受けれる状態になる。
これは良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
あの2リットルの下剤が5回目、ちょうど10杯目で無くなった。
そのころには、あの気色の悪い味にも慣れてきていた…が、
やはり、もう飲みたくはない。
他の人たちは2リットル飲んでも、内視鏡の準備はまだのようで水を飲んでいる。
11時
内視鏡室へ入るのは、どうも私が一番最初のようだ。
予備知識もなく入るのはやはり不安なものである。
内視鏡室で後ろ開きの紙パンツに履き替えベッドに横たわる。
麻酔薬らしきものを注射されて検査開始である。
モニタに腸の内部が映し出されていた。
いつ挿入したのか分からなかったし痛みも全く感じなかった。(鈍いのであろうか?)
先生曰く、「大きいポリープと小さいポリープがありますね。」
「えっ」思わず声が出てしまった。
もう一度、奥のほうから調べている様子。
しばらく間がある・・・
「はい、大丈夫ですよ、癌の可能性はありません。」
「ただのポリープです。」
「でも、大きい方は取りますね」といわれたので、「はい、おねがいします」と間髪も入れずに応えたが、どうやって取るのか不安であった。
・・・・全くの心配はなかった。
内視鏡の先にある輪っかのようなものであっという間に、
カウボーイが投げ縄で牛を捕まえるが如くいとも簡単にポリープを
絡めて取り除いてしまったのです。
・・・その先は眠くってあまり記憶がない。
気がついたら椅子に座っていた。
一時間ほど寝ていたのであろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日は6人ぐらいと少なかったようです。
いつもは10人から15人ほどいるそうです。
前日の21時以降は絶食で寝る前に下剤を2錠のみました。
摘出した場合は3日ほど刺激のあるものは食べない方がよい。
また、風呂も控えて下さい。シャワーはOKです。
最近での癌の死亡率は大腸癌が一番多いらしいので、
気になる方は早めに検診を受けてみては!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
内視鏡で痛みを感じないのは1,000人以上経験がある先生だそうです。
松根城(金沢)
(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。)
金沢市指定史跡「松根城跡」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
金沢市指定史跡「松根城跡」
加賀と越中を結ぶ最短距離の道として利用されていた小原越の峠にあります。
寿永2年(1183年)に木曾義仲がここに兵を置いたとも言われています。
一向一揆衆の城となり天文19年(1550年)洲崎兵庫が城主となる。
天正12年(1584年)に杉山主計(佐々成政の家臣)が守備するが
村井長頼(前田利家の重臣)の軍勢に攻め落とされる。
折角の5連休なのに、ましてはこの天気のいい日なのに何も予定を立てていない・・・
あてもなくぶらぶらと・・・・・・・・こんなところへ来てしまった。
ここからは、西は卯辰山から駅西、県庁、内灘まで一望できる。
東は倶利伽羅、小矢部、高岡、砺波立山と富山砺波平野が一望できる。
北は宝達山、石動山。南は医王山、大門山、キゴ山、戸室山まで見渡せます。
明日は、どうしょうか???
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地図 Yahooマップ
金沢ジャズストリート 前夜祭
(写真が表示されない場合は↑タイトルをクリックしてください。)
金沢ジャズストリート
Kanazawa Jazz Street
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
金沢片町新天地(木倉町公園近く中央味食街)
金沢ジャズストリート前夜
Jazz Live Spot E-WEST の準レギュラー?
「Etsuko & The Whole Tones」
が出演するということで、夜のネオン街へのチャリ出動!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・